熊本城

熊本城

熊本城

熊本城のとてつもないスケールと細かな実戦上の対策にふれると、城郭の周りは5.3キロメートル、面積98万平方メートル(80ヘクタール)という
とてつもない“大要塞”です。
そのケタ外れのスケールは実感しかねるほどで、周りを歩くとたっぷり
1間以上かかる広大さといえます。
現在、熊本城は築城から400年目(2007)へ向けて、築城当時の姿へ復元整備事業が進められています。



西大手門
城には西・南・北の大手門がありますが、その中
で一番格式が高く、登城する藩士は真中を通ら
ず、端を通っていたと言われています。

不開門
城の鬼門である北東に位置していたので普段は閉ざし、不浄なものを運ぶときだけこの門を開いたと言われています

石垣
独特の方法で築かれた優美な石垣。
城の大半は焼失しましたが、石垣は当時のままの姿を残しています。

武者返し
下部はゆるやかな傾斜で、上になるほど急な角度になる独特のつくりになっています。城への侵入者を防ぐためにこの名が。

井戸
籠城の備えを目的の一つに、城内に掘られた井戸は120以上と言われています。
現在もあちこちに残っています。

天守閣(大天守・小天守)
熊本城のシンボルで大小2つの天守があります。明治に原因不明の出火で焼失しましが、昭和35年に復元されました。

本丸御殿
畳数1570畳、部屋数53もある大きな建物群で、藩主の居間や接客の場、台所等の機能が備わっていました。

頬当御門
天守閣への正面玄関に当たり、お城を顔に見立てたとき、顔の前に当てる甲冑の部品の頬当てに見えることから、この名前がついたと言われています。

宇土櫓
石垣の上に建つ3層5階地下1階の櫓で、天守の様な風格を持ちます。重要文化財ですが内部は一般公開されています。

数寄屋丸
接客用の建物として茶会や歌会が催されていました。石落しや鉄砲や矢を放つための窓があり実戦用の構造も持っていました。

飯田丸五階櫓
飯田丸の南西隅に建つ五階建ての櫓で、南面の防衛の要でした。明治になり取り壊されましたが平成17年に復元。

長塀
東の平御櫓(ひらおんやぐら)から西の馬具櫓(ばぐやぐら)をつなぐ塀で、現存する城郭の塀の中では最長。毎年長塀前では流鏑馬(やぶさめ)が行われています。

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